大通寺

≪大通寺≫

慶長7年(1602)、教如上人(本願寺12世住職)は徳川家康より本願寺の分立の許可を得て大谷派本願寺(東本願寺)を興されました。これにともない長浜城の旧地に移っていた当寺は道場から無礙智山大通寺と号して発足しました。大谷派本願寺第13世・宣如上人の長男霊瑞院宣澄が住職として入寺1639(寛叡16年)し、これを契機に当寺は彦根藩主・井伊直孝の援助を得て寺 域の拡大をはかると共に、東本願寺より伏見城の遺構と伝えられる本堂や広間を譲り受け、寺観の整備を図りました。ここに当寺は真宗大谷派の別格別院として 七千坪の境内を要し、名実共に当地方における信仰の要として今日に到っています。